冬木さんの洞窟

2004-11-17

[]『幻想』に適した形式


砂漠の夢』にコメントくださった瀬戸見さん有沢さんきんとさん、ありがとうございます。

書いてるものと好きなものが違うのは私だけじゃないのですね。ちょっと安心したかもです。


自分が読みたいようなものを自分で作り出したくて書いてるはずなのに、ヘンですね~(^_^;)

技術的に下手で理想が実現できないというものありますが、それだけじゃなく、私にとって、『幻想』は自分で描き出すものではなく、他人に開陳してもらって楽しむものらしいです。

というわけで、皆様が提示してくださる幻想の数々をとても楽しみにしています。


ところで、有沢さんのお話を伺ったり、響子さんが『お題』で詩を提示しているのを見ていて思ったのですが、幻想を描くのに適した表現形式ってあるんじゃないかなと。


有沢さんが仰る『酔え酔え酔え~!』っていうタイプのもの、私、大好きなんですが(『よ~し、いいぞ~、さあ、思いっきり酔ってやるぞ~!!』という意気込みで迎え撃ちますから!)、そういう、『幻想の泉の中に自分からどぼんと浸かってしまう』タイプのものは、短編ならいいけど、それで大長編って、たぶん、ちょっと辛いですよね。


濃密な幻想の泉に延々と深く浸かりっぱなしでいることは、それがどんなに心地よい泉でも、普通人にはちょっと疲れる、湯あたりしちゃうことなのではないかと。(あれ? いつの間にか『幻想の温泉』に……?(^_^;))


そういうタイプの、全体にどっぷり幻想的な作品は、断章、掌編、短編、あるいは詩、散文詩などになりやすく、長編・大長編にはなりにくいのではないかという気がします。

長編で幻想という場合は、全編どっぷり濃ゆい幻想シーンの連続ではなく、全体は比較的あっさりしてたり、輪郭のはっきりした具体的なストーリーがあったりして、そんな中で要所要所だけ濃厚な幻想シーンというのが多いのではないでしょうか。


一口サイズのオードブルやデザートなら、ものすごく濃厚なのもいいけど、一食分の献立のすべてがコテコテの味付けだと辛くて、やっぱり、普通の白いご飯とかシンプルなパンでとりあえずお腹を膨らませたいですよね。


最初から最後までどっぷりディープな幻想尽くしの大長編というものが、絶対にありえないとは言いませんが、それを実現するには、書く方にも特別な資質と根性が要るし、読む方にも特別な適性と集中力が要りそうで、かなり読み手を選ぶ作品になるだろうと思います。


私の場合も、原稿用紙2000枚相当の大長編である『イルファーラン物語』は非幻想ですが、短編ならわりと幻想的なものも書いています。

今後も、もし、すごく幻想的なものを書くとしたら、それは、短編か、あるいは詩になるだろうと思います。


そういえば、私の場合、もともと、小説を書き始めるより前に、中学生の頃から長いこと詩を書いていたのです。

実は、たぶん、詩のほうがホームグラウンドなのです。

何しろ、昔は、詩が自分にとっては標準的な表現形式で、ストーリー性のあるものでも何でも、まずは詩の形で書くことしか思いつかなかったので、しまいにはストーリーもののSFまで散文詩の形で書こうとして挫折していたほどです(^_^;)


今にして思えば、ストーリーSFを詩の形式で書こうとするなんて、ずいぶん野心的な試みだと思うのですが、当時は、何しろ子供だったので、全くそういう認識は無く、自分にとってはそれが普通で自然なことだったのです(……スキルが伴わなかったので挫折しましたが(^_^;))。


で、幻想的なものは、ずっと、詩の形で書いていて、詩の枠には収まらない散文的な要素が膨らみすぎた時に、それなら……と、小説という形式にたどり着いたのです。

そんなわけで、私の小説は、もともと、詩の枠からはみ出した散文的な要素の塊なので、全編どっぷり幻想にはならないんだろうなと思います。


といいつつ、いつか、全編どっぷり幻想なものも書きたいなと憧れてはいて、特に、ここに参加してから、その憧れはますます募りつつあります。

有沢さんの『10のお題』からも創作意欲をかきたてられてます。

前々から温めていた断片的なネタが、10のお題のおかげで、頭の中で少しづつ形になりつつあったりします。

遅筆なので何年も後になるかもしれませんが、いつか書いて見たいと思っています。

ゲスト



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